一下子的微笑

第一集
07:29「四二十23日」とは死んだ人の魂が49日間はこの世にいて、その後、あの世に旅立つといわれているので、その日にお別れをし、死んだ人のことはもう忘れようと、生き残った者達の都合で決めた日のことです。(“断七”正是人死后魂魄会游荡在那世间七七四五日,听新闻说这时候魂魄就能转世离开,所以那天就按生者的意思被定为了与死者辞行并忘记他们的生活。)
第二集
04:23————三田さん、何でいじめなんかするの?
   ————それは人間が弱い動物だからです。弱いものを見つけたら、徹底的に痛みつけ。強いものがいれば、恐れをなして逃げ出す。それが人間という動物の性格(ほんしょう)です。(恐れをなす:心里害怕、认为可怕;有所忌惮)
第四集
04:50普通なら、子供達をすぐにでも連れ戻しに行くべきなんですよね。でも、どうしたらいいか、分からないです。あいつらにどんな言葉を使っても許してもらえる自信がなくて。本当は子供なんかほしくなかったのに、結婚して、それから、ずっと流されて来たから、子供達を命を懸けて守るんだとか、あいつらを心から愛してるって、胸を張って言うことが、どうしてもできないですよね。きっと、普通の人が持ってる父親の愛情みたいなものが欠落(けつらく)してるんだな、俺には。(命を懸ける:拼命。胸を張る:挺胸)
22:20バラバラになった家族が集まる簡単な方法があります。誰かが事故に遭うか、重い病気になるのです。そういうことでもない限り、人は心配して集まったりしませんから。(バラバラ:粒状物持续落下状或这种声音;乱哄哄地;杂乱、散乱)
第五集
09:46————「家庭崩壊(かていほうかい)」って何?
      ————家族に問題や欠陥(けっかん)があって、めちゃめちゃになっている家のことをそうではない人達が同情(どうじょう)したり、哀(あわ)れんだりする時に家庭崩壊と呼びます。(哀れむ:同情、怜悯。感到那么些)
19:18————何でタバコを吸っちゃいけないわけ?未成年が。
      ————未成年の喫煙は成長を妨(さまた)げ、頭も悪くなり、いつまで経っても大人になれないくせに一人前のふりをする、弱い人間を育てるだけです。
        (妨げ:妨碍、阻碍。ふり:姿态、样子)
第六集
02:50父性とは父親なら本来持っているべき愛情のことですが、母親と違い、実際に子供を産まない父親にそんなものが存在するのか疑問だという人もいます。
03:22自転車パンクしたからバスにしたんだけど、おばあさんに席を代わってあげようとしたら杖(つえ)で思いっきり足踏まれて、痛いを我慢して走ったら階段から落ちて、足くじいちゃったの。
第七集
31:37お前たちのお母さんは作者と違って愛はいっぱい溢れてる人だった。始めて会った時から,よく泣いて、怒って、笑った。いつも自分の気持ちに正直な人だった。隠(かく)し事(ごと)は嫌いで、思(おも)い詰(つ)めるところもあったけど、誰よりも小编のことを愛してくれた。(隠し事:隐情。思い詰める:想不开,钻牛角尖)
39:35僕はちっぽけな船ですが、どんな嵐が来ようと、どんな敵が襲(おそ)って来ようと、子供達を載せてそれぞれが目指す港(みなと)というか目的地まで連れて行きたいです。
第八集
02:40不況というのは、金儲(かねもう)けのためだけに生きている経営者や自分達の地位だけを守ろうとする官僚(かんりょう)、それに対して何でもできない無力な政治家達のせいで、たくさんな人達が仕事を失い、貧乏(びんぼう)になることです。
26:25大切な人を失う悲しさは分かります。もう二度と取り戻せないむなしさも分かります。でも、あなたには、まだ、大切な人を幸せにできるチャンスがあります。(むなしい:空、虚、徒然)
34:05長い冬もいつか春になって、氷(こおり)は解(と)けるものよ。
第九集
03:35おかけになった電話番号への通話はおつなぎできません。(つなぐ:接上、连上)
54:26いつもこうなんですよね、私。いつも間が悪いって言うか、何をやっても裏目(うらめ)で、万年厄年(まんねんやくどし)なんです。急いでるときに限ってタクシーは来ないし、厄払(やくばら)いに神社が行ったら階段から落ちるし、パソコンもファクスも私が触ると故障しちゃうし、男と付き合って結局はババばっかりっていうか、ろくな男、好きにならなくて。(間が悪い:①娇羞,难为情。②不走运,不凑巧。裏目に出る:不如愿以偿。ろく:后接否定,不正规、不美丽、不像样、不满意。)
第十集
39:08もし、もう一度会えたら、お母さんが大好きだったリンゴを食べたいです。いつも肩が凝(こ)るといっていたから、揉(も)んであげたいです。冬は、洗い物とかで冷たくなった手に暖かい息を吹きかけてあげたいです。
第十一集
25:50人を憎むより好きになってほしい、大丈夫だよ、ハートでぶつかって行けば、今まであなたが言って来たことは全部正しいんです、ただ、伝え方が間違っているだけです。
33:48奇跡というのは、普通に考えれば絶対起きない出来事が、そうなってほしいと願う人間の強い意志で起きろことです。奇跡が起こるから奇跡と言います。「自分には無理だ」と諦めている人には絶対起きません。
35:05北極星(ほっきょくせい)とはいつも同じ場所で光(ひか)っているので、自分の行き先が分からなくなったとき、あの星を見ていれば道に迷わずにたどり着ける大切な道しるべ(路标)です。

 心に懸かることがある。

料理を作ることは家庭に対してすごく普通な事だと思う。でも、お母さんに対しては容易なことではない。

 あの方との約束は果たしたというのに……。後から後から溢れてくる、この“後悔”という名の心懸かり。

それは…正直、彼女は料理の腕があまりよくない。そして、さらに伯父さんが言った一言が関係している。

 目覚めてからずっと……いや、それ以前から気になって仕方がなかった。何故そう思うのか不思議だった。自分には心当たりがなかったのだから……。

僕が幼い頃(たぶん5歳か6歳くらい)伯父さんは初めて香港からうちに来た。うちはずっと伯父さんに金銭面で支援してもらっていたので、外食したらちょっと派手になる。でもそれでは持たないと考え、うちでお母さんが料理を作る事にした。

 何が心懸かりなのか、何に後悔しているのか。何故こんなにも気になるのか。

「伯父様、料理はどうですか、お口に合いますか」

 そして何よりも“あの方”とは誰のことなのか、私には思い出すことができなかった。

「ああ、すごく美味しかった。。!!!酒楼のシェフにもまけないくらい料理のうでを持っているね!」

 ざく。

「アハハハ、褒めすぎでしょう。

 夜が明けたばかりの広々とした地平には、まだ誰にも踏まれていない、見渡す限りの真白な新雪の海が広がっている。そこに慎重に足を踏み入れる。

この前は味が薄くないかと心配しました」

 ざく。

「ううん、そんなことは全然ないよ。むしろ塩辛すぎるのは良くない。脳の病気になりやすいそうだ。」

 粗氷になっているのだろう。さらさらと降り積もったままの状態で凍ってしまっているようだ。気温が低すぎるせいか、雪というよりは長めの霜と言えばいいのか、せいぜい足首のところまでしかない。見た目よりもふんわりとほろほろとした軽さに驚きながらも、もう片方の足を入れる。

伯父さんは香港で電気の会社員をやっている一方で、自分も友達と一緒に靴屋を経営している。

 ざく。

お世辞を言うのが上手くて、社交辞令も当たり前に言う。

 ラインハルトは綺麗に残る足形が面白いのか、初めて雪を見る子供のようにはしゃぎだす。

酒楼のシェフにも負けないなんて1%でも信じたら大変なことだ。でも素直なお母さんはもちろん100%信じてしまった。伯父さんはきっと嘘をつかないと思い込み、その伯父さんが認めたのだから自分の料理のうでは絶対誰にも負けないと信じてきた。

 ざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざくざく……。

伯父さんの誉め言葉は、僕らには災難になった。

 そこら中を歩き回りながらも、気になるのか時折後ろを振り向く。新雪の白さの中でも煌めく金糸の髪が、乱れてほつれたまま、まだ陽が上りきらない紫闇の中でぼんやりと浮び上がっている。その表情は気にかかるところがあるのか、戸惑うようにキルヒアイスの赤い髪を確かめる。

僕たちが「お母さんのおかずはまずいなぁ。」と言うと

 “赤い”髪を確かめる。そんなラインハルトの態度にも慣れてしまった。焦燥を微笑の下に押し隠す。

「伯父様の言ったことを忘れてしまったの?酒楼のシェフでも私には負けるのよ」

「お寒いですよ、ラインハルト様」

と得意気に言った。

 かけられた声に答えようとしたのか、口を開きかけたが喉を押さえてしまった。息を吸い込んだ時に、冷気も一緒に飲み込んだのだろう。その冷たさに潤んで眉を顰めているラインハルトに近づき、キルヒアイスは淡い色合いの手編みのマフラーをかけた。アンネローゼが弟のために編み上げたものだ。

また、お父さんが「おかずは全然味がない」と文句を言うと

 ラインハルトの白磁のような頬が、冷気のせいで熟れた桃のように染まっている。息の冷たさに目を細め、涙ぐんだせいで凍りつきそうになる睫毛を瞬かせた。その睫毛を温めるように息を吹きかけると、寒さで白く見える息がラインハルトの表情を隠す。

「伯父様の言ったことを忘れてしまったの?塩辛すぎたら、脳の病気になりやすいのよ」と言い返した。

 かけられたマフラーを手に絡め、その温もりを確かめるように喉元に引き寄せる。しばらくそうしていると温もってきたのか、ラインハルトからふんわりとした微笑みを向けられた。向けられたキルヒアイスは、その度に胸に強い痛みを感じずにはいられなかった。

その時、僕はつい忠告してしまった。「お母さん、塩辛すぎるという事と味が全然ないという事は全くの別問題だよ」

 ラインハルトから微笑を向けられているのは、キルヒアイスであってキルヒアイスではない。何故ならば、今のラインハルトは“今のキルヒアイス”を見てはいなかったのだから。

だが、残念ながら、お母さんは彼の事を完全に信じている。

 どれほどこの人を独りにしたのかと思うと、キルヒアイスは自身を引き裂かれるようだった。

なぜなら、伯父さんは香港に住んでいて(40代の新会人は大部分が、香港人は何事も大陸人より上手だと思い込んでいる。)しかもお金持ちだから。

 キルヒアイスのそんな想いも知らぬげに、透明な大気の中で金糸の髪が雪の白と映えて、なんと美しいことだろう。明けの明星が佇んでいるような風情だった。

僕が5年生の時、衝撃的な出来事があった。

 罪悪感も虚無感も義務感すらなく、自らの記憶や存在までも抹消してしまったラインハルト。その彼は、ただ無垢なる者のように微笑う。

それは、お母さんの一人目の弟が急病で突然亡くなったのだ。その弟はすごく優しくて、僕らにとても良くしてくれた。彼の突然の他界に僕らみんな悲しみにうちひしがれた。

 まるで、たった今生まれたばかりのように……。世界には他に何者も存在しないかのように、目の前にある真っ白な雪と戯れている。どのような色彩も拒絶する白さの中で、ラインハルトはただ独りだった。

その夏休み、彼の娘、つまり僕の従姉妹は「パパはもういない。あなたは夏休みにうちに来て私と一緒にいてくれる?」と僕に聞いた。

 それがキルヒアイスの神経を、細胞を、精神を、存在意義すらも貫いた。

その従姉妹はすごく可愛くて、幼い頃、ずっと「大人になったら、きっとカイリー従兄弟と結婚します」と言っていた。そんな小さな望みに答えるのは当たり前だ。

 傍にいると、共にあると、必ず守ると、いつか掴むと、そう誓った。それなのに……。

夕ご飯の時、仕事を終えた叔母さんは家に帰ってきて僕らに夕飯を作ってくれた。いろんな新鮮な食物材料を選んで、上手に調味して、叔母さんが作った家庭关照は信じられないほど美味しいと思った。「あ、元々家庭看护でもそんな美味しくに作れるんだ。」と幼い僕に衝撃を与えた。

 あ・な・た・を・

数日後、お母さんは従姉妹の家について僕に聞いてきた。

 ひ・と・り・に・し・た。

「叔母さんは料理が本当にうまい、すごく美味しかったよ」とお母さんに話した。お母さんは興味があるようだったが、そうではなく怒りだした。「美味しいとは、ただたくさん食塩や味精など入れているにすぎない。」と言った。

 それが、

「えー違うよ。塩味はちょうどよくて、調味料も味精だけじゃなく、知らないものもあったよ。そうだ!お母さんも叔母さんについて料理を教えてもらったらどう?」

 私の

幼い頃の僕は「知らないことは頑張って勉強するといい」と考えていて、つまらない自尊心などのことはちゃんと考えなかったから、僕の言葉は本当にお母さんの怒りにふれた。

 最大の罪。

「香港に住んでいる伯父さんでも私のの腕を褒めているのに、おまえは何もわかっていない。そうやって叔母さんに作ってもらったものを褒めて…そう!あたしの料理が下手だと思う以上、おまえは叔母さんの事をお母さんと呼びなさい!」

 ラインハルトがキルヒアイスに微笑みかける。無垢なる微笑を。

それからあっという間に十数年が過ぎた。卒業して初めての仕事は広告会社のデザイナー。お昼ご飯はほぼ会社で食べて、残業が多かったのでお母さんを待たすことなく、夕ご飯は外食したり、自分で作ったりした。

 しかしそれは“キルヒアイス”にではなかった。“キルヒアイス”と認識してではないのだ。

ある年の大晦日、僕はゲームを真夜までやっていたせいで、翌日は遅くまで寝ていた。

 ラインハルトは、ジークフリード・キルヒアイスと認めて微笑んでいるのではない。

神州は春節の時、市場は全体閉店する。レストランも休みになって、食事するのは難しくなる。

 自分の傍にいる誰か。身の回りの世話をする侍従や従卒、スケジュールを管理する秘書官、警護をする親衛隊の者らとなんら変わりがない。彼らと同じ。“キルヒアイス”とはかかわりのない誰か。

するとお母さんが「昨日、一羽のガチョウを買っておいたから、今日は(炊鹅)を作ろうか?」と言った。

 それこそ通りすがりの見知らぬ誰かに向けられるものと同じ微笑なのだった。

炊鹅とは、広東の有名な料理で、お母さんは作りたいと言ったとき、僕はちょっとびっくりした。

 そうして、ラインハルトは“キルヒアイス”を探す。

「炊鹅って、僕の知る限りたくさん香料を入れなければならないよ?お母さんはなにをしても、簡単に水と醤油で作って、香料を買うのは一回もなくて、多分どこで買えるのかもわからないんじゃない?」

 ラインハルト様。

「香料はないよ、醤油と水で作るつもりだけど?」

 ラインハルト様!!

「やっぱり、そんな作った炊鹅はたぶん犬でも食べたくないよ。せっかく連休なのに僕はのんびりしたいから、そのガチョウはお母さんが自分でゆっくり楽しんで。僕はインスタントラーメンがあるから心配しなくていいよ。」

 ラインハルト様っっ!!

「料理を作るのは容易ではない。おまえも自分の家庭を持ったらわかる」と囁いた。

 私はここです!!

僕はもうお母さんと討論したくない。インスタントラーメンを食べながらアニメを見た。

 キルヒアイスはここにいます!!

犬でも食べたくないという言葉は最初あやかもちょっと酷いと言った。

 貴方の傍に!!

でも、僕はそうは思わない。

 何度、貴方の肩を揺さぶりたかったか。

親子関係は目上の関係じゃなくて、平等の関係だと思っているから。世の中誰しも完璧な人間じゃないから。

 何度、貴方に叫びたかったか。

例えば、もしある日僕の娘が僕が作った料理は「犬でも食べたくない」と言ったら、僕はすぐ自分のことを反省したり勉強したりする。

 それでも、貴方は私を見ないだろう。

今作っている料理はたまに友達に褒められる。でもやっぱりもっと勉強して向上していかなければならないと思う。小さなことでも親は子供にいい手本を見せてやらなければならないはずだ。

 “今”の私を。

これは僕の考えだ。

 貴方は見ることはない。

時々あやかは「あなたの考えはお母さんと全然違っているでしょう?じゃあ、お母さんから何もおそわらなかったの?」と僕に聞いた。

 なぜなら貴方の中で、私はあの時に時を止めてしまったままなのだから……。

「ううん、教わったよ」

 壊れた貴方は、今の私を認識しては下さらないのですね。

「えーなに?」

 貴方の視線は今の私を見ながら、素通りしてあの時の私を探す。蒼氷色の瞳は時を止めて凍てついたまま。

「彼女の行った道に絶対踏み込めない。」

 そうしてしまったのは……、ほかならぬ私なのだから……。

「あははは」

 キルヒアイスの意識は、ラインハルトを庇っての負傷と、大量の出血のために混濁したまま途切れていた。緊急手術が行なわれ、かろうじて生命は止められた。その身体は生命を維持できるぎりぎりまで体温を落とされ、組織の腐敗と細胞の破壊を防いだ。

 だが超低温治療のこの療法は、身体機能を回復するまでに夥しい時間を費やさねばならなかった。負傷よりも失血のせいで治癒に時間がかかった。循環血液量の四分之一以上を失ったため、心臓に過剰の負担をかけるわけにはいかなかったのだ。その為に血液量が基準値に戻るまで、キルヒアイスは超低温状態で眠らされていた。

 目覚め、意識が戻り、視線を動かし、首や腕を動かす。ゆっくりゆっくりと、じれったいほどの時間をかけて起き上がれるようになった。キルヒアイスは落ちてしまった体力や、筋力を取り戻すためのリハビリと、記憶の回復に時間をかけた。超低温治療の弊害か、極端に血液量が足りなかったせいか、脳に僅かな記憶障害が残ってしまったからだった。

 それらを克服するのに、四年もの歳月がかかった。

 キルヒアイスの治療の為に、大公妃であるアンネローゼのフロイデンの館に設備が整えられた。実際に回復するか定かでなかったためと、精神的に不安定な状態であったラインハルトには知らされなかった。

 アンネローゼとオーベルシュタインの協力で、ガイエスブルク要塞から運び出されたキルヒアイスは密かにこの地に移された。誰かが訪れることもまれなこの地は、隠れての療養には最適な場所だった。もちろんアンネローゼの投身的な世話と、オーベルシュタインが送り込んでくる最新医療設備のせいもあったろう。普通なら失血死の状態であった肉体が、回復するに至ったのだから。

 目覚めた当初、キルヒアイスはアンネローゼのことさえよくは思い出せなかった。長期に亘っての深層睡眠状態だったためと、負傷した際の一時的な脳への無酸素状態が原因らしい。それも身体が段々と快方に向かうにつれ、混乱した記憶も次第に繋がっていった。

 そして……。

 キルヒアイスはラインハルトの事を思い出したのだ。

 “あの方”とは誰なのか。

 忘れるはずのない、人。

 自分の半身とも、ただ一人の人と想い定めた、愛しい愛しい人の事を。

 キルヒアイスはようやく思い出したのだった。

 心に懸かっていることを、“後悔”とは何なのかを。

 キルヒアイスに拒絶されたと思い、アンネローゼにも見捨てられたと思ったラインハルトは、心の渇きを満たすために戦いと孤独の中へと踏み込んでいった。

 キルヒアイスを失った空虚とヴェスターラントの惨劇への罪悪感、喜びの伴わない為政者としての義務感、敵を失っていくことへの恐怖と喪失感。それらは徐々にラインハルトの精神を蝕んでいった。

 発熱という病状に紛れて現れた“それ”は、かろうじてラインハルトの均衡を保ってもいたのだった。離れていこうとする精神をとどめるかのように発熱し、その度に意識はこちら側へと戻ってきた。だが繰り返される発熱により、肉体の方が弱っていったせいで、ラインハルトは段々と意識をこちら側に止めることができなくなってしまったのだ。

 そして自覚もないまま、ラインハルト自身もとどめようとはしなくなっていった。

 政治や軍事に集中している時は常態に戻っているが、一度それらから離れると徐々に常軌を逸っしていった。

 始めに違和感を感じたのは、近侍として常に傍に控えているエミールだった。

 最初はいつものようにからかわれているのだと思い込んでいた。しかし、気をつけているとそうではなかった。多忙による疲れのせいか、はたまた発熱のせいかとも思ったが、仮にも医学を志している身である。それらとは全く異質の違和感だと思い至るのに、さほどの時間はかからなかった。

 - 精神の均衡が崩れている -

 エミールは信じたくなかった。まさか神々の愛情を一身に受けたような、憧憬と忠誠の対象である皇帝が病んでいるなどとは。しかもラインハルト自身は全く気づいてはいないらしいのだ。

 だが、私的な場所の中でのみ現れていたそれも、徐々に周囲の者にも目立ち始めていた。最も大抵は、戦いがなくなっていくせいである、と見られがちであったのだが……。

 エミールはいつまでも一个人で不安がっているわけにもいかず、侍医や主席副官のシュトライトに相談した。

 彼らもあまりの事の重大さに慄き、谨严にラインハルトの様子を観察していた。そして軍務尚書のオーベルシュタインも交えて密かに協議した末、彼らは表向きの帝王の病名を発表することにしたのだった。

 奇しくもそのタイミングは最悪だった。

 イゼルローン共和当局との戦いの最中にラインハルトが倒れたのだ。講和が制造した後に「病名」が公表され、それはハイネセンとフェーザーンへも知らされた。

 報告を受けたオーベルシュタインは密かにアンネローゼと連絡を取り、事後の相談と手配をした。

 - 皇帝ラインハルトをオーディンへ移す - 

 公にはヴェルテーゼ仮皇宮にて永遠の眠りについた、皇帝ラインハルト。

 その彼をアンネローゼとシュトライト、オーベルシュタインの意を受けていたフェルナーたちは、超低温保存状態にしてフロイデンへと運んだのだった。ラインハルトの墓標は、キルヒアイスと共にここへ築かれることになっていたからだ。

 独一無二の親友と眠ることを望むだろうと。

 棺は堂々とフロイデンへ向かい、当のラインハルトは密かに運びだされて蘇生された。そしてキルヒアイスと再会を果たしたのであった。

 目覚めたラインハルトは、キルヒアイスを目の前にしても微動だにしなかった。それどころか、アンネローゼに対してさえも反応を示さなかった。その場にいた医師や看護師に対しても同様だった。キルヒアイスの時のような記憶障害ではなく、精神がこちら側に存在しなくなってしまっていたのだ。

 キルヒアイスとアンネローゼを失くした痛手が、ラインハルトをこちら側から飛び立たせてしまったのだろうか。

 だがそれもキルヒアイス本人を目にすれば、自然と好い方向へ向かうだろうと思われた。いつもキルヒアイスに語りかけ、戦いすらもキルヒアイスが諌めに来たと中止してしまったのだから。

 しかし、そのような楽観的な希望も瞬く間に打ち砕かれた。

 まるで子供が癇癪を起こすように、周囲を拒否して逃げまわる。現実の世界が、ラインハルトに害を加えるとでも思っているかのようだった。

 キルヒアイスが手を差し伸べても弾き返し、あたかも見ず知らずの旁人のように睨みつける。幼年这个学校や軍務に就いたばかりの、周囲が敵しかいなかった頃のように他者を寄せ付けないのだ。

 - 他人 -

 アンネローゼもキルヒアイスも、今までラインハルトに“他人”として遠ざけられたことはなかった。キルヒアイスとは意見を違えたときも、一時の激情で遠ざけられたに過ぎない。アンネローゼに至っては、請われこそすれ退けられたことなど一度としてない。その二人がラインハルトの中で欠落してしまっているとは!!

 “家族”を失ったことが、ラインハルトにとってどれほどの痛手だったのだろうか。良かれと思ってのことが、これほどまでに傷つけていたことに、改めて衝撃を受けた二人だった。

 特に、身体が回復し全ての記憶を思い出したキルヒアイスにとっては、ラインハルトが目覚めればやり直すことができると信じていた。時をあの時点に巻き戻して、再び傍らを歩くことができるのだと。

 そう思っていたのは傲慢なことだったのだろうか。途切れてしまった二人の繋がりは、結び直すことも許されないのだろうか。

 進んでしまった時は元に戻す事などできない。残酷だが当たり前の現実に、キルヒアイスは打ちのめされてしまった。

 だが、いつまでもくよくよと落ち込んでいても仕方がない。先に立ち直ったのはアンネローゼの方だった。キルヒアイスの時のこともあり、ラインハルトも病状が回復すれば、精神の方も好くなるだろうと思い直したようだ。

 キルヒアイスもアンネローゼを見習い、無理矢理にでもそう思おうとした。そうしてフロイデンの館で、多少人の美妙な共同生活が始められた。

 流石というべきか、ラインハルトがアンネローゼに懐くのは早かった。

 子供は自分を可愛がってくれる者には懐いていく、それも母親のようにというなら尚更なのだろう。話さないという事を除けば、以前の姉弟のありようと変わりはないようにみられた。

 一方的にアンネローゼが世話を焼き、ラインハルトが好きにさせているという状態ではあったが。少なくともアンネローゼに構われている間は、大人しくされるがままになっていた。

 そのような状況でも奇妙なことがあった。

 ラインハルトは目覚めてから、あれだけ大好きだったアンネローゼお手製のクーヘン(ケーキ)を口にしようとはしなかった。目の前に置かれても、しばらくじっと見つめている。そして怒ったように顔をしかめて、ふいと横を向いてしまうのだ。

 せっかくのクーヘンを必死に見ないようにしている印象だった。こうなると声をかけても嫌がるように、返事もしなくなってしまう。何時間もソファの背もたれに身体を預けて、膝を抱えて蹲っている。顔を伏せているその姿は、まるで泣くのを堪えているようだった。

 アンネローゼも無理に勧めるのもよくないだろうと、好きにさせることにした。気が向けば食せるようにと、いつでも用意はしておかれた。

 一緒に過ごす内に、ラインハルトもキルヒアイスに対して威嚇をする事はなくなっていった。だからといって警戒心が解かれたわけでもなかった。

 キルヒアイスが近寄ると、蒼氷色の瞳できつく見つめてくるのだ。その視線はキルヒアイスが視界から消えるまで離れない。凍った眼差しは、敵か味方かを見極めようとしているようだった。

 - 人に慣れない動物を相手にしているようだ -

 そう感じたキルヒアイスは、長期戦で構えることにした。焦ってもしかたがない。自分だって回復するのに四年もかかったではないか。

 それでも目の前にラインハルトがいるというのに、抱きしめられないのは辛かった。いつも一緒だった。お互いの肌が温かいと知ってからは、一つの毛布に包まって眠った。子供の頃よりはもう少し親密に、抱きしめあって眠ったのだ。

 当然そうしようとはしたのだが、ラインハルトの拒絶は容赦がなかった。キルヒアイスが伸ばした手を叩き落とし、自分の身体を抱きしめ叫んだのだ「キルヒアイス!!」と。

 瞬間、キルヒアイスは凍りついた。ラインハルトは自分を忘れたわけではなかった。己の中に“キルヒアイス”を作り出していたのだ。そして今はその“キルヒアイス”と一緒にいる。

 なんという事だろう。目の前にいるキルヒアイスには凍てついた眼差ししかよこさないというのに、自分で作り出した“キルヒアイス”には語りかける。

 目覚めてから初めてラインハルトに名を呼ばれたというのに、キルヒアイスは身じろぐこともできなかった。愛しくて痛ましくて堪らなかった。

 頬を流れる滴が、髪と同じ色でないのが不思議だった。

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